Escapism

現実逃避の記録

【絵本】おおきな木

この記事は絵本 Advent Calendar 2019 - Adventarの23日目の記事です。

今回は『おおきな木』です。

おおきな木

おおきな木

大人向け絵本をチェックしていると高い確率でサジェストされるこの本が気になりだしたので読みました。新訳の方です。

色々考えさせられる絵本です。考えが上手くまとまらないので今感じていることを率直に書こうと思います。

おおきな木と少年はお互いに一緒にいることが幸せでした。しかし少年は成長するにつれ他のものに幸せを求めるようになります。それでも木は少年が戻ってくるたび身を削って与え続けます。

この木のとる態度を、母が子に対する愛であると呼ぶことに私はすこし違和感があります。木は少年に幸せになってほしいという一心でできる限りのことをしてあげて、それが自分の幸せでもあると思っている。少年はそんな木の気持ちを考えることもなく、自分が困ったときに戻って来ては次々と願望を口にする。これは少年が与えられ続けても結局幸せになっていないという証拠のような気がする。親子というより共依存の関係のような印象を受けました。

最終的に、木は自分が切り株だけになって初めて自分が幸せではないことに気付く。少年は老人になり、何もかもに疲れ果て、ようやく再び木と一緒にいることだけを必要とするようになる。木はそれで幸せな気持ちになる。

木は自らのスタンスを貫き通したことによって幸せを得る結果となるので、これもひとつの正解なのかもしれません。読者である私は自分がこの木に少し似ているのかもしれないと感じました。でもこの木のようになりたいのかどうかはわからないし、この木の態度が正しくないとしても他にどうすべきだったのかはわかりません。

帯にも書かれている訳者あとがきの言葉を引用すると、

あなたがこの物語の中に何を感じるかは、もちろんあなたの自由です。それをあえて言葉にする必要もありません。そのために物語というものがあるのです。物語は人の心を映す自然の鏡のようなものなのです。

ということであり、まさにこの言葉に尽きると思います。

訳者の村上春樹氏は、こうした物語の捉え方をいろんな機会で表明している気がするのですが、自身の小説でもこのことを意識して物語を作っているのではないかと個人的には思います。人の心をより鮮明に映し出すために一見読み解きづらい話を作っている気がします。私は一時期、小説を全く読めなくなったことがありましたが、村上春樹の小説だけ読むことができたのはそういうことなのかもしれないなと思ったりしました。

あんまり村上春樹の雑語りをしていると火傷を負いそうなのでこの辺でやめておきますが、あとがきもいい文章なのでぜひ読んでください。